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第2話 止まった時間

作者: 天咲琴乃
last update 公開日: 2026-08-04 00:31:28

「ようこそ、ペンション shirabeへ。」

年老いたオーナーは深々と頭を下げた。

白髪混じりの髪に優しい笑顔。

どこにでもいそうな穏やかな老人だった。

「長旅、お疲れさまでした。」

「ありがとうございます。」

りひとが予約名を告げると、オーナーは名簿を見ずに頷いた。

「水瀬いのりさん、西園寺りひとさん。お待ちしておりました。」

いのりは思わず顔を見合わせる。

「予約名簿、見なくて大丈夫なんですか?」

「ああ……お二人が来ることは分かっていましたから。」

その一言に、胸がざわつく。

「ホームページで予約したので……。」

りひとが笑いながら言うと、オーナーは静かに微笑んだだけだった。

「夕食は午後六時です。それまでは、ごゆっくりお過ごしください。」

案内された部屋は二階の角部屋だった。

大きな窓からは湖が一望できる。

木の香りが残る室内には、どこか懐かしい雰囲気が漂っていた。

「すごい……。」

いのりは窓辺へ駆け寄る。

湖は夕日に照らされ、黄金色に輝いている。

「来てよかったね。」

後ろからりひとが優しく肩を抱いた。

「うん。」

二人はしばらく景色を眺めていた。

こんな静かな時間は久しぶりだった。

夕食は山菜料理や川魚、手作りの煮物が並び、どれも優しい味がした。

「都会では食べられないですね。」

りひとが感心すると、オーナーは笑った。

「この村は昔から、自然だけは豊かでした。」

"昔から"

その言葉が妙に耳に残る。

食事を終えた二人は湖畔を散歩した。

夜空には無数の星。

街では見ることのできない満天の星空だった。

「綺麗……。」

いのりは空を見上げる。

すると、水面に誰かが立っているような気がした。

白い着物。

長い黒髪。

こちらを見つめている。

「……また。」

瞬きをした瞬間、その姿は消えた。

「いのり?」

「何でもない。」

心配をかけたくなくて笑ってみせる。

でも胸の鼓動だけは速くなる。

部屋へ戻ると、時計は午後十一時五十八分を指していた。

「今日は疲れたね。」

「うん。」

二人は布団に入り、他愛ない話をする。

卒業したらどこに住むか。

りひとが公認会計士になったら。

いのりが歯科衛生士になったら。

そんな未来の話ばかりだった。

「また来ようね。」

「うん。今度は夏じゃなくて紅葉の季節。」

笑い合いながら目を閉じる。

その時だった。

ボーン……

どこからか古い時計の音が響く。

一回。

二回。

三回……。

十二回目の鐘が鳴り終わると同時に、部屋全体が小さく揺れた。

「地震……?」

りひとが体を起こす。

しかし揺れは一瞬で止まった。

窓の外を見ると、湖には濃い霧が立ち込めている。

昼間とはまるで別世界だった。

「何か変じゃない?」

いのりが呟く。

その瞬間。

コン……コン……。

部屋の扉がノックされた。

こんな時間に?

りひとは立ち上がり、ゆっくり扉へ近づく。

「どちら様ですか?」

返事はない。

静まり返った廊下。

恐る恐る扉を開ける。

誰もいない。

「いたずらかな。」

そう言って扉を閉めようとした、その時。

廊下の突き当たりに、白いワンピースの少女が立っていた。

暗闇の中で、ゆっくりとこちらへ微笑んでいる。

次の瞬間。

少女の姿は霧のように消えていた。

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